このブログのタイトルにある“大ハーン”というのは、
13世紀に史上最大の大帝国を築いた
モンゴル帝国のトップの称号なのですが、
そのモンゴル帝国の初期から中期にかけて活躍した将軍に
「スブタイ」(呼び方によっては“スベエデイ”とか“スベテイ”とかとも呼ぶみたいです)
という人がいます。
モンゴル高原を統一後のチンギス・ハンの時代(西暦1206~1227)から、
次のオゴデイ・ハーンの時代(西暦1229~1241)のころに活躍しているのですが、
彼の戦歴の地理的な幅がむちゃくちゃすご~いのです。
下はグーグルアースでユーラシア大陸を示したものがベースとなっています。
地球儀で見る形になるので、
よく見るメルカトル図法のユーラシア大陸のイメージから外れるとは思いますが、
右端につぶれて日本列島や朝鮮半島があるのが分かるかと思います。
また、左端情報にはヨーロッパも移っています。
黄色い線は現在の国境なのでそれも参考にしてその広がりをイメージしてください。

で、赤い矢印をイメージとして追加してあるのですが、
かなり大ざっぱになってはいますが、これがスブタイが戦った範囲のイメージです。
すごくないですか!?
今で言う中国の北部を東端に、
ウズベキスタンやカザフスタンといった中央アジア、
イランなどの中東、
アゼルバイジャンやグルジアなどのカスピ海西側の地域を通り、
ロシアやウクライナなどのロシア系の地域、
そして、ポーランドやハンガリーといった東欧、
といった具合にユーラシア大陸を東から西の方までに及ぶ戦歴を持っているのです。
今のようにエンジンのついた車など当然無い13世紀にです。
今だったら、パスポートがハンコまみれになるくらい、
国から国へ飛び回る商社マンみたいに数々の国に遠征しているわけです。
(試しにグーグルマップなどで、
距離感覚がイメージしやすい1県がまるまる表示できるくらいの縮尺で、
中国の東北部から東ヨーロッパまで西にスクロールさせて見ようと思うと、
うんざりするくらい何回かやらないとたどり着けないと思いますが、
それぐらいの広範囲ということです)
ヨーロッパを震撼させた有名なバトゥの西征でも、
(1242年、ワールシュタットの戦い、
という感じでセンター試験レベルの著名度だったと思います)
総大将こそチンギス・ハンの一族たるバトゥがやっていますが、
軍事的な事実上の指導者はスブタイだと言われています。
トップ(君主)ではないですし、ヨーロッパや中国の将軍でも無いので、
文献も少なく、知名度は高くはないのですが、
著名なカルタゴのハンニバルを超えるくらいスーパーな将軍だと思います。
スブタイという規格外の戦歴を持つ将軍を生んだところにも、
モンゴル帝国の常識はずれの巨大さを感じることができますし。
教科書に載ってくるような人物ではないので、
ちょっと紹介してみました。
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